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脳・神経・メンタル

疼痛再処理療法(PRT)とは——慢性痛・しびれに「脳から」アプローチする治療法をわかりやすく解説

疼痛再処理療法(PRT)は、慢性痛の原因を「脳が学習した誤った痛み信号」と捉え、脳の神経回路を再学習させることで痛みを整える心理的治療です。神経可塑性の痛み・中枢感作・ソマティックトラッキングの概念から、ボルダー腰痛研究のエビデンスまでわかりやすく解説します。

NJM編集部(監修:大黒 充晴/柔道整復師・臨床23年)疼痛再処理療法PRT慢性痛神経可塑性中枢感作しびれ脳と痛みソマティックトラッキング
疼痛再処理療法(PRT)とは——慢性痛・しびれに「脳から」アプローチする治療法をわかりやすく解説

「何をしても治らない」慢性痛——その原因は本当に体の組織にあるのか

腰痛・肩こり・坐骨神経痛・しびれ——。これらの痛みを抱えて整形外科に行き、「異常なし」と言われた経験はないでしょうか。

あるいは、治療を受けるたびに一時的によくなるけれど、また元に戻る。薬を飲んでいる間は楽だが、やめると戻る。手術をしたのに痛みが残っている——。

こうした「慢性的な痛みやしびれ」に対して、世界の疼痛研究は2020年代に入って大きなパラダイムシフトを迎えています。

その中心にあるのが**疼痛再処理療法(PRT:Pain Reprocessing Therapy)**です。


PRTとは何か

PRTはアメリカの心理士Alan Gordon(Pain Psychology Center, Los Angeles)が開発した、慢性痛専門の心理的治療アプローチです。2021年にAlon Zivとの共著で出版された書籍「The Way Out」によって広く知られるようになりました。

PRTの中心的な考え方はシンプルです。

慢性痛の多くは、組織の損傷ではなく、脳が誤った痛み信号を生成し続けることで起きている

PRTはこの「脳による誤作動」を修正するために、心理的技法のシステムを用いて脳を再学習させます。痛みそのものを「危険のサイン」から「安全のサイン」へと脳に再解釈させることで、慢性痛のサイクルを断つことを目的としています。


神経可塑性の痛み(Neuroplastic Pain)という概念

PRTが対象とするのは、**神経可塑性の痛み(Neuroplastic Pain)**と呼ばれる状態です。

通常、急性の痛み(捻挫・骨折など)は侵害受容性疼痛と呼ばれ、組織の損傷に対する正常な警告信号です。この種の痛みは、組織が修復されれば消えます。

ところが、慢性痛では組織がすでに修復されているにもかかわらず、脳の神経回路が「痛みを出力し続ける」パターンに固定化してしまっています。これが神経可塑性の痛みです。

痛みの種類原因特徴
侵害受容性疼痛組織の損傷損傷が治れば消える
神経障害性疼痛神経そのものの損傷しびれ・灼熱感が典型
神経可塑性の痛み脳の誤作動・学習された回路組織に問題がなくても続く

慢性腰痛・慢性肩こり・線維筋痛症・慢性疲労症候群・過敏性腸症候群など、「原因不明」「検査で異常なし」と言われる慢性症状の多くが、この神経可塑性の痛みの枠組みで説明できると考えられています。

中枢感作——脳が過敏になるメカニズム

神経可塑性の痛みを理解するうえで重要な概念が**中枢感作(Central Sensitization)**です。

繰り返す痛み・ストレス・恐怖・トラウマなどが続くと、脊髄後角のニューロンや脳の痛み処理回路が「常に興奮した状態」に固定化されます。こうなると:

  • 本来痛くないはずの軽い刺激でも強い痛みを感じる(アロディニア)
  • 少しの刺激で過剰な痛みが生じる(痛覚過敏)
  • 痛みが体の広い範囲に広がる
  • 天気・ストレス・疲れで痛みが波打つ

中枢感作が起きると、局所の治療(患部を揉む・電気をかける・注射する)をいくら行っても根本的な改善が難しくなります。問題は末梢の組織ではなく、脳と脊髄の神経回路にあるからです。


慢性痛を抱える様子


エビデンス:ボルダー腰痛研究(2021)

PRTの有効性は、コロラド大学ボルダー校が実施した**無作為化比較試験(RCT)**によって示されています。

Ashar YK et al. (2021) "Effect of Pain Reprocessing Therapy vs Placebo and Usual Care for Patients With Chronic Back Pain"
JAMA Psychiatry, 78(11)

研究概要

  • 対象:慢性腰痛を持つ150名
  • 介入:PRTグループ(週2回×4週間、計8セッション)vs プラセボ群 vs 通常治療群
  • 評価:痛みの強さ(VAS/NRS)、脳のfMRI画像

結果

グループ痛みなし・ほぼなしに到達した割合
PRTグループ66%
プラセボグループ20%
通常治療グループ10%

治療終了1年後も、PRT群の改善効果は維持されていました。

さらにfMRI解析では、PRT後に前帯状皮質・島皮質など痛みの情動処理に関わる脳領域の活動パターンが変化していることが確認されました。これは、PRTが実際に脳の神経回路を変化させることを示しています。

この研究結果は慢性痛の治療における「脳の役割」を科学的に示したものとして、世界の疼痛医学に大きな影響を与えました。


PRTの5つのコンポーネント

PRTのセッションは、以下の5つの主要な要素で構成されています。

① 脳と痛みの教育

「あなたの痛みは組織の損傷ではなく、脳の誤作動によって生まれている可能性がある」という理解を、患者自身が持てるように進めます。これを**ペイン・エデュケーション(Pain Neuroscience Education)**と呼びます。

痛みの原因が「構造的な問題」ではなく「脳の学習パターン」であると理解できると、痛みへの「恐怖」が薄まります。これが回復の出発点です。

② 個人化された証拠の収集

「あなたの痛みが脳から来ている証拠」を一緒に集めます。たとえば:

  • 検査で異常が見つからない
  • 気分・天気・ストレスで痛みが変わる
  • 痛みが移動する・広がる
  • 楽しいことをしているときは痛みを忘れる
  • 夜間・安静時にも痛む

これらはすべて、痛みの原因が末梢組織ではなく脳にあることを示すサインです。

③ ソマティック・トラッキング(Somatic Tracking)

PRTの中核となる実践技法です。

通常、痛みを感じると人は「これは危険だ」という警戒反応(恐怖・回避・緊張)を示します。この恐怖反応が脳の痛み回路をさらに強化し、慢性化を促します。

ソマティック・トラッキングでは、痛み感覚を**「恐怖」ではなく「好奇心と安全の感覚」をもって観察**します。

実践の手順(簡略版):

  1. 楽な姿勢で座り、目を閉じる
  2. 痛み・不快感のある部位に意識を向ける
  3. 感覚を「危険なもの」としてではなく、「ただの感覚(温度・圧力・電気的感覚など)」として観察する
  4. 「この感覚は私を傷つけない。ただの神経のシグナルだ」という安全の視点を持ち続ける
  5. 感覚が変化しても、消えても、強くなっても、ただ観察し続ける

この練習を繰り返すことで、脳が「痛みシグナル=危険」という学習を書き換え始めます。

④ 感情的な脅威への対処

慢性痛の背景には、未処理の感情(ストレス・不安・怒り・悲しみ)や、生活上の問題(仕事・人間関係・過去のトラウマ)が関わっていることが多いです。

PRTでは、これらの「感情的な脅威」も痛みの維持に関与していると捉え、セラピーの中で扱います。

⑤ ポジティブな感覚・感情への傾注

回復の途中で、「痛みがない瞬間」「心地よい感覚」「楽しい体験」に意識を向け、その感覚を脳に「安全・安心・快適」なシグナルとして刻み込んでいきます。

脳の神経回路は「使えば使うほど強化される」ため、安全のシグナルを繰り返すことで、痛みの回路よりも安全の回路が優位になっていきます。


PRTが特に合う可能性がある慢性症状

以下のような特徴がある場合、神経可塑性の痛みとしてのアプローチが合う可能性があります(ただし医療機関での診断を前提としています)。

  • 検査(MRI・CT・血液検査)で明らかな異常が見つからない
  • 3ヶ月以上、痛み・しびれが続いている
  • ストレス・疲労・天気で症状が変動する
  • 痛みの場所が移動する、または広がる
  • 気が紛れているときは痛みを忘れる
  • 治療を受けると一時的によくなるが、また戻る
  • 「もう治らないかもしれない」という不安がある

代表的な対象疾患(神経可塑性の痛みとして研究されているもの): 慢性腰痛・慢性頸部痛・線維筋痛症・慢性疲労症候群(ME/CFS)・過敏性腸症候群・慢性頭痛・複合性局所疼痛症候群(CRPS)など


従来の治療との違い

視点従来の治療PRT
痛みの原因組織・構造の問題脳の誤作動(学習された回路)
アプローチ患部への直接介入(手術・注射・物理療法)脳の神経回路の再学習
痛みへの態度除去・回避すべきもの好奇心をもって観察できるもの
ゴール痛みをゼロにする痛みへの恐怖をなくし、脳が安全を学ぶ
期間継続的な治療が必要4〜8週間の集中的な学習

従来の治療が「悪い」わけではありません。急性の外傷・炎症・明確な器質的疾患には西洋医学的アプローチが必要です。

ただし、「組織は正常なのに痛みが続く」「何をしても改善しない」という慢性的なケースでは、治療のターゲットを組織から脳へシフトすることで、初めて回復の糸口がつかめることがあります。


まとめ:慢性痛は「脳から整える」時代へ

ポイント内容
神経可塑性の痛み組織でなく、脳が痛みを出力し続けている状態
中枢感作脳・脊髄の神経回路が過敏化・固定化した状態
PRTの有効性RCTで66%が痛みなし・ほぼなし(JAMA Psychiatry 2021)
核心技法ソマティック・トラッキング——痛みを「安全の目」で観察する
対象3ヶ月以上続く、検査で異常のない慢性痛・しびれ

慢性痛の治療は「患部を治す」から「脳を再教育する」という方向へ、世界規模でパラダイムが移行しています。

PRTはその最前線にある治療法のひとつです。「何をしても治らない」と感じている方にとって、この新しい視点が不調を整えるための新たな出発点になるかもしれません。


本記事は教育目的の情報提供です。慢性痛の診断・治療については必ず医療機関にご相談ください。PRTは現在、日本国内での公式プログラムは限られており、専門家のもとでの実施が推奨されます。

監修:大黒 充晴(柔道整復師(国家資格) / 杏林アカデミー(杏林予防医学研究所)上級講座修了 / JALNIマスター講座修了者 / 臨床歴23年)/ 編集:NJM編集部

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